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SS_1

はじめての戦争(壊和城夜の場合)

文士:壊和城夜

 待機を命じられていたG中隊の歩兵は、全員がながみ藩国の者達だった
 作戦開始にはまだ時間が掛かるようで、各々体力を消耗しないようにじっと待っている者が多い中、黒葉九印だけはくるくると踊り回っていた
 疲れないのかなとか皆が思ったが、それを言うと何か嫌な事が起きるような予感がした(と言うか確信していた)ので全員黙っている
 彼の行動原理=スイトピー好き、スイトピーへの愛については周知の事実だったから

 それと同じ様に、歩兵の一人―――壊和城夜が歌を好んでいたのも、皆の知るところであった

 壊和はながみ藩国に流れ着くまで、吟遊詩人として、あらゆる国を渡り歩いてきた女性だった
 まあ渡り歩いてきたと言うかただ単に彷徨っていただけなのであろうが、そこは追求しないでおく事にする
 とにかく壊和は歌うのが好きで、いつも暇さえあれば何がしかの歌を口ずさんでいる
 歌う歌はその時によってまちまちで、軍歌を歌う時もあれば、ポップスやロック、果ては童謡や民謡の場合もあった

 だが、初めての戦争に出撃すると言う今日のこの日に彼女が歌っていたのは、士気を高揚させる軍歌でも、一気にテンションを跳ね上げるロックでも無い
 ゆったりと流れる様に紡がれていくそれは、誰も知らない様な譚詩曲だった
 争う事の空虚さを知り、遠く未来を見据えながら、決意と希望持てあらゆる絶望に立ち向かう、少年の物語
 優しく穏やかな声色で歌われるその歌は風に乗って辺りに響き渡り、これから戦争に赴こうとする人々の心を解き解し和ませた
 過剰な緊張は意味を成さないと、壊和は知っていたから
 最もながみ藩国の者達の中に、緊張から来るプレッシャーで押し潰されてしまう様な者は居ないだろうと思ってはいたが
 歌う事は苦では無かったので、皆の気持ちが少しでも楽になるのならと
 皆から少し離れた所で木に背を預けて、地面に座り込んだまま歌い続ける

「……お前はいつも歌っているな
 そんなに歌が好きなのか?」
「利根坂さん……」

 不意に声を掛けられて視線を上げると、不敵に笑う利根坂摂政が居た
 歌が途中で途切れてしまった事に気付いて、悪い、と言う利根坂に、壊和は首を振ってみせる

「まぁ、僕にはこれしかありませんから」
「そんな事は無いだろう」
「そんな事ありますよ
 僕は強い力も、強靭な身体も、優れた知恵も持たない
 普段なら賑やかしくらいにはなれるかも知れませんけど、こと戦闘においては、全くの戦力外ですからね」

 確かに、ちょっと農業を手伝ったくらいで壊和は簡単にぶっ倒れてしまう
 体力が基本的に足りないのだ
 彼女が戦闘で役に立つ可能性というのは皆無だろう

「だから、僕は歌うんです
 僕にとって言葉は力、言葉は願い、言葉は祈り、言葉は光―――ひいては希望です
 文字だけでは、人の心の奥底にまでは届ける事が出来ないかも知れない
 けれど、音をメディアとして言葉を綴れば……もしかしたら、皆の心に光を灯せるかも知れないから……」

 実際は戦う事の他にも、戦場で出来る事はたくさんあると利根坂は思ったが、壊和は口を挟ませなかった
 集まっている歩兵の顔をゆっくりと見ながらも、矢継ぎ早に言葉を続ける

「争うのは嫌いです
 皆が傷付くのも、傷付けられるのも、嫌
 けれど、戦う事を避けて、ただ奪われるのを見ているだけなのはもっと嫌
 ……だからきっと、僕は歌うんです
 皆が力を持って戦う様に、僕は心を持って戦う
 皆の帰りを待っている人が居る
 その人達のところに皆を帰してあげられる様に、僕は歌います
 皆の行く先を照らす光を、そして希望を
 彼らのその背に、未来を掴み取って行く為の“決意”と言う折れぬ翼を与える為に」
「壊和……」

 中隊に召集が掛けられ、俄かに辺りがざわめき出す
 時間的に、そろそろ出撃するのだろう
 藩王が遠くで手招きしているのが、小さく見えた
 壊和が立ち上がって、服に付いた土を払う

「さて、初めての戦争の始まりだな……行きましょうか、利根坂さん
 『オール・ハンドゥ・ガンパレード』ですよ」
「……壊和、お前……」

 薄く笑った壊和に、利根坂は眉を顰める
 普段の彼女にはおよそ似つかわしくない、仄昏い笑み

「大丈夫、足手まといにはなりません
 ……僕だって、皆を護る盾くらいにはなれますから」

 歳若くても、壊和は大切なものを喪う事の恐怖を知っていたのだ
 つばきにちょっと怒られそうだけど、とくすくす笑う壊和に、利根坂は黙って目を伏せた

 ほんの僅か、小さく震える声とその指先に、気付いてしまったから

 そう―――歌う事で初戦の重圧と必死に戦っていたのは、彼女だったのだと

※大切な人を己が目の前で喪うくらいならば、身を挺してでも護りたいと思う
 そう思うのは、いけない事なのだろうか